習得重要度C時間があれば、というスタンスでいいと思う


日本国憲法の成立過程においての問題点の話です。
そのひとつが、明治憲法との連続性についてです。

日本国憲法と明治憲法の連続性というのは、日本国憲法とは、実は、
明治憲法の改正憲法という形式を採っているんですが、そのへんに
ついての問題点です。

問題提起

日本国憲法の前文の前にこんな文章が並んでいます。
サイト上にもありますし、六法を持っている方はちょっと確認してみて
ください。

朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢(しじゅん)及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

これは「上諭」と言って、「天皇の御言葉」です。
この中に「帝国憲法第73条による」とあります。
つまり、日本国憲法は、明治憲法73条の手続きを経て改正された憲法
ということです。実際、そういう手続がなされました。

ここで「ふーん、そうなんだ」と流したいところなんですが、そう
はいかないんです。明治憲法は「欽定憲法」と言って、君主の名の
もとに制定された憲法です。分類上は、そういう憲法なんです。

しかし、日本国憲法は、国民の名の下に制定された、「民定憲法」で
あるとされています。前文には次の一文が。

日本国民は・・・(中略)ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

憲法改正の限界を超えている・・・

欽定憲法の改正憲法が民定憲法であるという問題意識

改正憲法であるにもかかわらず、欽定憲法から民定憲法へ変わっている・・・
初学者の方にはイメージ沸かないかもしれませんが、主権者が変わるというの
は、基本的にはあり得ないことで、これは憲法改正の限界を超えていると
されることなんです。

これでは、つじつまが合わないということです。

革命が起きたと解釈する

どうやってつじつまを合わせるか?

これが結構強引なんですが、「革命」が起きたから
こうなったとするんですね。

八月革命説イメージ

この点、「八月革命説」という革命が起こったという説で
まとめられているのが通説です。

すなわち、天皇主権であった明治憲法の改正段階でポツダム宣言
受諾という、一種の革命が起こり、国民が主権者である日本国憲法
に改正になったと説明します。

個人的には非常に苦しい説明とは思います。そういった意味では、
明治憲法と日本国憲法の連続性には疑問せざるを得ないと言わなけ
ればなりません。

とはいっても、憲法学界では、この説が通説になっていますので、
納得いかなくても我慢しましょう(笑)。納得いけば、それはそれ
で良いと思いますよ。



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