前回は、
「報道の自由」と「知る権利」について、
「報道の自由」とは国民の「知る権利」に奉仕するものであり、
そこにこそ保障する意味があるとお話しました。

さらに、
インターネットを殆ど利用しない方も多く、
大多数の国民は新聞・テレビ(特にテレビ)を「知る権利」の媒体として
依存している現実があるとお話しました。

このように、
多くの国民がテレビの流す情報に依存しているのは、
ひとえにテレビに対する「信頼」があるのではないかと思います。

「信頼」というのは、
「テレビからの情報は正しいに決まっている」
「テレビは常に品行方正な報道を国民に提供している」
ということだと思いますが、実際はどうなのでしょうか?

なぜ総理大臣がこれだけ批判されるの?

実は私も数年前までそう思っていたクチで、
テレビの流す情報は常に正しいと思っていました。

私がテレビの情報に疑問を持ち始めたのは、
麻生現財務大臣が総理大臣に就任して暫くしてからのことです。

ちょうど、
漢字が読めないだとか、ホテルのバーを利用していることを
さかんに批判されていた頃です。

最初の頃は
「しょーもないな、このオッサン・・・」とか思っていましたが、
あまりのバッシングにうんざりしてきました。

「総裁になる前はあんなに人気があったのに・・・」
なぜ総理大臣がこんなにボロクソ言われなければならないんだろう?」

そして、この2つ前の総理の安倍氏もマスメディアから
ボロクソ言われていたことが頭をよぎりました。
「ああ、そういえば、安倍さんもボロクソだったっけ」

「間が福田さんで・・・2人ほどじゃなかったかも・・・」

この3人の政治スタンスは、一応把握していましたんで、
「保守派は叩かれるのか・・・?」
この時、何かテレビ側の意図を感じるようになったのがキッカケです。

どうでもいいようなこと、
しっかりした実績を残しているのにマスメディアは無茶苦茶こき下ろす。

つまり
、自民党政権、あるいは、安倍氏、麻生氏を総理の座から引き下ろす意図
がマスメディアにあるのかもと感じました。

マスメディアは国民の「知る権利」に奉仕するどころか偏向報道で国民を先導している

もしかしたらご覧になったことがある映像もあったかもしれません。

こうやって観るとどうでしょう、
コメンテーターを含めてヒドい言いようだと思いませんか?
ダイジェストでしたが、他にもたくさんの証拠ソースがあります。

言うまでもありませんが、表現の自由に資する「報道の自由」は、
こんなことを国民に知らせるためにわざわざ保障されている権利ではありません。

自分たちの思う方向に国民を先導しようと偏向報道をするために
保障されているわけではありません。

国民の「知る権利」とは、国民主権原理に基づく、
民主制に資する表現活動のための人権で、それに奉仕する「報道の自由」は、
あくまで国家権力で何が起こっているかという「事実」を報道しなければならないのです。

国民はその報道を信頼しているからこそ
「報道の自由」と「知る権利」は機能するわけで、国民にその意図を隠して
の方向に先導することは決して望んでいないはずです。

多くの国民は、この事実を知ればそこで信頼は崩れることになり、
そのマスメディアは存在意義をなくすことになります。