習得重要度A報道の自由とは国民の知る権利に奉仕するためのものであるという視点に注力して頂きたい。また、報道の自由とその前提となる取材の自由の表現に注意。こういうところは「引っ掛けて」くることもある。


取材・報道の自由というのは、文字通り、メディアが報道する自由、そして、
その報道の前提となる取材の自由がどうたらというお話です。

これは、
21条で保障されている知る権利と非常に密接な関係があるわけですが、
どういった関係性かを意識して頂くといいと思います。

そして、
報道の自由に関連するものとして、アクセス権というものがあります。
このアクセス権というものはどういったものなのでしょうか。

報道の自由

報道の自由とは、新聞・ラジオ・テレビ等メディアの伝達手段を通じて、
事実を一般に伝え知らせる自由をいいます。

事実を周知させる自由ですので、
21条にいう思想等を表明する自由とは少々違うかに思えますが、
どうなんでしょうか。

編集作業にはどうしても演出・思想が入り込んでくる

報道というものは、例えば、
10個取材したものを10個報道するわけではないことはご存じだと思います。
報道というものは枠というものがあり、時間あるいは紙面に限りがあります。

そこで、
報道に載せるために編集という作業をするわけですが、
この編集作業は何らかの演出・思想というものがどうしたって入り込むだろうというわけです。

つまり、
報道と思想・意見の明確な区別は事実上困難なのではないかということです。

もう一つ、
こちらの方が重要と思われますが、報道と知る権利の関係についてです。

国民の知る権利といっても、
情報の受け手である国民にとって情報の出し手というのは殆ど
マスメディアであるのが現実です(近年は必ずしもそうではありませんが)。

社会で何が起こっているか、政府はどんな活動をしているのか。
そういった事実を踏まえて民主政の判断資料に使用しているわけですが、
報道とは国民の知る権利の奉仕するものといえます。

つまり、

報道とは思想・意見表明の一面を担うものではあるが、国民の知る権利に奉仕するものであるから、21条によって保障される

ものといえるでしょう。

国民の知る権利を全うできないのなら、
そこに報道の自由を高らか掲げることなど笑止千万!ということですね。

博多駅テレビフィルム提出命令事件(最判昭44.11.26)

報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。
したがつて、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもない

重要判例:博多駅テレビフィルム提出命令事件

取材の自由

報道の自由が憲法上保障されるものとして、
ではその報道の前提となる取材に自由についてはどうなのでしょうか。

取材とは、そもそも、報道するにあたっての不可欠な前提となるわけで、編集作業を含めて、取材なければ報道もありません。ですので、取材の自由も保障されうると考えていいです。

もっとも、判例では、素直に「保障される」とはいっていないようです。

博多駅テレビフィルム提出命令事件(最判昭44.11.26)

報道のための取材の自由も、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない

重要判例:博多駅テレビフィルム提出命令事件

ご覧のように、「21条の精神に照らし、十分尊重するに値するもの」というところにとどめています。

こちらは、「保障する」とどの程度違うのかはわかりかねますが、そこまでのものではないということは見て取れますね。

知る権利・報道の自由・取材の自由の関係

こういう点は試験でも出しやすい点なので、しっかり分けて理解しておくと良いと思います。

取材の自由には制約がある?

この取材の自由は、無制限に保障されるものではありません。
一定の制約受けることになりますが、では、
どのような制約を受けるのでしょうか?
取材源秘匿権-証言拒絶権と取材結果の提出拒否権



試験のための憲法の勉強法とは