習得重要度A「公共の福祉の意味」のところとセットでご利用頂けると、理解は深まると思われる。公安条例の合憲性については試験的にも注意が必要だが、まずは人権衝突の図式について理解をしておくと良い。


こちらのページでは「公共の福祉」について、分かりやすく書いた
つもりですが、そこを踏まえて頂いて、実際にはどういうものが
「公共の福祉」なのかを解説してみたいと思います。

判例に当たるのがより具体的なのかもしれませんが、それだと、
憲法に慣れていない方だとまだ公共の福祉が見えてこなくなる可
能性もありますので、その一歩前の段階として、実際の判例を、
噛み砕いてお話することにしましょう。

分かりやすいかなと思いまして、表現の自由の制限について
取り上げてみたいと思います。

デモ行進

「デモ行進」ってご存知ですよね?

一定あるいは特定の意思・主張を持った集団が、公の場で
それを主張することです。ここでは「行進」としています
から、道路を利用することになると思います。

東京、地方でも大都市ですと、結構やっています。
大体、政治的主張が多いでしょうか。

このデモ行進、言うまでもなく、表現行為ですよね。
つまり、表現の自由(21条)で保障されているといえます。

デモ行進については、いろんな意見があるでしょうが、
一般国民にとっては、今も昔も重要な表現行為だと思いますよ。

一般的な国民は、表現する媒体が乏しいです。昨今はイ
ンターネットという媒体を持つことができますが、
それ以前は、選挙以外では皆無だったといっていいでしょう。

テーマ、規模など、やり方によっては、大きなアピー
ル方法になると思います。

デモ行進は許可制

このデモ(行進はあくまでデモのいち形態といえます)、
無断でやることはできないって知っていました?無断で
デモなどすると、捕まります。

いきなり人が集まって、即興的に道路をねり歩いてシュ
プレヒコールなんてしたら、警察に拘束されます。条例、
あるいは道交法違反です。

そうなんですよね、デモ行進をするには、事前に警察署に届け出て
許可を得る必要があるのです。このへんは、各地方自治体のいわゆる
「公安条例」なるものに規定されており、その手続きに則ってデモ
が許可されるわけです。

このデモの許可制、デモをする側にとってみれば、デモの規制、
そう、表現の自由の制限になり得ます。このへんの感覚お分か
りでしょうか?

だって、自由に好き勝手にデモができないのですから、場合に
よっては、許可が下りない場合だってあるわけです。
表現の自由の制限以外の何ものでもないでしょう。

もちろん、単にデモをさせないためだけに公安条例でデモの許
可制を採っているわけではありません。

1度でもデモ行進に出くわしたことある方ならお分かりだと思い
ますが、あれって車を運転する人にとっては、邪魔以外の何もの
でもありません。交通渋滞を引き起こします。

つまり、デモ行進って、当事者以外の者にとっては、不利益なも
のです。別の視点で見てみましょう。

昨今の日本では殆ど見られませんが、デモって何かきっかけがあ
ると、悪い方向に集団心理が働きます。もしかしたら、他のデモ
行進と衝突する可能性もあります。

そうですね、治安維持の観点から、デモは危険なものであるという
側面もあります。

公安条例が「公共の福祉」になる

このように、デモ行進という表現行為を行うことによって、当事者
以外の関係ない者が不利益を被ることが少なからずあるわけです。

この「不利益」は、人権侵害であるともいえるわけですね。強いて
言えば、13条が脅かされているといえるのではないか、と。

いかがでしょう、「公共の福祉の意味」(上の「こちらのページ」
のリンク先)でお話しているように、人権と人権がぶつかっている
図式がご確認できると思います。

そして、デモ行進の場合での「公共の福祉」が、いわゆる「公安条例」
ということになるわけです。

公安条例

デモ行進を許可制にして一定の制限を設けることでデモ当事者以外の
人権に配慮する、デモで不利益を被る多くの国民には、許可制にする
ことで、大事な表現行為ということで、多少の不利益は我慢してもらう。

お互いの人権は、一定の譲歩をすることで、一定の保障をされるとい
うことです。この「公共の福祉」がなければどうでしょう?想像して
みてください。混乱が起こる可能性は飛躍的に上がるでしょう。

それは、何を意味するかというと、人権云々の話どころではないということです。

ですから、無尽蔵に人権を貫くことは、基本的にはあり得ないのです。
すべからく、人権には「公共の福祉」による制限は入るのですね。
これはもう、宿命です。

憲法学的視点の法律(公共の福祉)の見方

もし、あなたの人権が法律等によって制限されているのだとしたら、
それはあなたの人権を保障するためなんだよ、ということができるかもしれません。

重要なので何度でも言います。一部の人権を除いて、法律等による一
定の制限は入るものなのです。(参照:一元的内在制約説)。

だから、人権が制限されていること自体を問題にするのは、憲法学的に
いえばあまり賢くない視点です。問題にすべきは「どういう風に人権
制限されているのか?」です。それが合理的な人権制限なのか?
という視点ですね。

だからこそ、「公共の福祉」の問題は、法律や条例の合憲性という
テーマに注力して判例を読み込むことが大事になるのかなと思います。
その「公共の福祉」は、憲法上問題は無いのか?という視点ですね。

判例は、そういう視点で見ていくと、理解が深まると思います。