憲法の私人間効力とは?重要判例交えてわかりやすく解説

憲法問題というもの、原則的には公権力が人権を侵害したとかそういった話になります。あらゆる重要判例を見てもそういう図式になっています。

例外的にと言いますか、そういう図式になってなっていない憲法問題もあります。私人間効力(しじんかんこうりょく)と言います。私人とは私人公人の私人ですが、つまり、一般国民間での憲法の効力ってどうなっているのさ?という話。

このページではこの私人間効力についてお話します。憲法が私人間の人権問題にどのようにかかわっていくのかが理解できるようわかりやすく解説したいと思います。

私人間効力とは

私人間効力とは、日本国憲法の規定が、私人間においても効力を及ぼすことができるのかという問題です。

例えばこういうことです。私企業がいち従業員に対して不当解雇とか何らかの人権侵害性を帯びた行為をしたとします。この私人同士の争いを憲法問題から救済することはできるのか?。

また、私企業である某メディアが一般人に対してプライバシーの侵害等人権侵害行為を行った場合に、憲法問題として扱われ救済は可能なのか?

というのが私人間効力の問題です。

なぜこんなことが問題に?

なぜこの私人間における人権救済が問題になるのかというと、冒頭でもお話しした通り、そもそも憲法問題とは公権力と国民間の人権問題だったから。公権力vs.国民、これが伝統的な憲法問題の図式です。

しかし、私人間効力は私人vs.私人です。本来的に言えば救済されるべき者同士が人権問題でいがみ合っている。イレギュラーですよね?だから問題なのです。

憲法の持つ実質的原理は、国民の人権を保障するために国家権力を制限するための規範なのですから国民vs.国民は想定外の図式だった。だから、問題になる

ちょっと横道にそれますが、憲法問題を考えるとき、この「なんでここが問題なの?」を考えることが大事です。というのも、この部分が「論点」だから。私人間効力の場合は、本来の憲法問題の図式ではないから、その是非を論証する。

この点意識して判例読むと理解もより深まると思います。

「私的自治の原則」という壁

私人間効力についてはもう一つの壁があります。

本来、このような私人間での問題には「私的自治の原則」というというものが働きます。「私的自治の原則」とは、私人間問題についてはみだりに公権力が介入しないという原則。これは民法の基本原則です。「民事不介入」に近い意味ですね。

また、「契約自由の原則」というものもありますが、ほぼ同じ意味です。契約事は原則自由にできます。公序良俗に反しない限り、公権力は介入しません。

ですので、私人間に公権力が介入するのは基本好ましいことではないという価値判断があるのです。

私人間効力とは私人間への憲法の及ぼし方の問題

このように、私人間に憲法規定を適用し効力を及ぼしていくのはそんな簡単な話ではないのです。だからといって人権侵害の事実があっても救済されないというのは違う話。

私人間効力とは、私人間問題へどのような形で及ぼしていくべきなのかという点にポイントがあります。及ぼしていくのか否か、及ぼしていくならどういう形で?ここまで考えていくのが私人間効力の問題です。

この私人間効力の問題、否、という意見もあるにはありますが、及ぼして行くべきと考えていきます。論点はむしろその先の及ぼし方で、2つ考え方をご紹介します。厳密には他にもありますが、とりあえず2つ、マストは2つ。

以下解説します。

直接適用説(直接効力説)とは

一つ目は、私人間でもそのまま憲法を適用するべきだという考え方。これを直接適用説と言います。民間でも国家権力並の影響力を持つ団体が存在する社会になってきたのだから、私人間とか公権力とか関係ないよ、という。

この説に立てば、私人間でも憲法違反として、裁判上で争えるということになり「憲法違反」という判決も可能です。

直接適用説の問題点

しかし、私人間でもそのまま憲法を適用するとなると、先ほどお話しした私的自治の原則や契約自由の原則というものはほぼ無になってしまうでしょう。憲法がガンガン介入してくるのですから、自由な契約など結べなくなるかもしれません。

なんでもかんでも「憲法違反だ!人権侵害!人権侵害!ジンケンシンガイ!」なんてことになる社会、どうなんでしょうか。あまり想像したくないですね。

間接適用説(間接効力説)とは

もう一つ、現在はこちらが通説です。間接適用説といいますが、私人間の問題は憲法を直接適用するのではなくて、間接的に適用する考え方です。

私人間で問題が起きた時、憲法規定を直接適用するのではなく、憲法的価値観を私法(民法や商法)の一般条項に取り込んで間接的に適用する。

間接適用説での判決はこうなる

間接適用説だと憲法判断の話ではないので、「違憲、無効」とは出ません。憲法違反はあくまで訴えの材料であって、争いは民事裁判。民事の私法による判断なので「違法(あるいは無効)」と出るだけです

「憲法違反による不法行為、よって損害賠償を命ずる」とか、「憲法違反という公序良俗を乱した行為により無効」という感じ。

例としたらこんな感じです。

民間企業が従業員の就業規則で、男子定年年齢が60歳、女子が55歳と定めていた。性別による不合理な差別は憲法14条の「法の下の平等」に抵触する可能性があるが、この14条の価値観を公序良俗(民法90条)の解釈として取り込んで、公序良俗違反として無効になる。

参考元:日産自動車事件

ちなみに私法の一般条項とは、民法1条(信義則他)、90条(公序良俗違反)、704条(不法行為)あたりがそうです。

民法第1条【基本原則】

私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。

民法第90条【公序良俗】

公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

民法第709条【不法行為による損害賠償】

 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

間接適用説に立っても例外はある

なお、憲法25条の生存権については、権利の性質上、私人間での適用はできません。

逆に、同じように権利の性質上、私人間にも直接適用べきとされる憲法規定もあります。私人間でも以下のことがあれば憲法積極介入しますよ?ということです。

  • 投票の秘密(憲法15条)
  • 奴隷的拘束・苦役の禁止(憲法18条)
  • 児童酷使の禁止(憲法27条3項)
  • 労働基本権(憲法28条)

私人間効力の重要判例

私人間効力の重要判例をご紹介します。いくつかご紹介しますが、判例の立場は一貫して間接適用説です。直接適用説はありません。

私人間効力は憲法上もっとも有名な判例の一つである三菱樹脂事件がありますが、対私企業の話と対私立大学の話、私人間効力の判例をご紹介しましょう。

三菱樹脂事件:最大判昭48.12.12

憲法で最も有名な判例のひとつであり私人間効力間接適用説を初めて打ち出した事件。これは、私企業三菱樹脂が、新卒採用した従業員の試用期間内にて、その従業員が学生時代に学生運動をしていたことを隠して面接に臨んでいたことが発覚、これを理由に本採用拒否。その従業員は労働契約存否確認の訴えを提起。

憲法14条(法の下の平等)及び19条(思想良心の自由)が私人間でも直接的に効力を及ぼすことができるのかが争点となっています。

憲法の右各規定は、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない(①)・・・

・・・私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである(②)。

  • ①私人間効力直接適用説否定
  • ②間接適用説の採用肯定

ご覧のように、憲法規定を私人間にて直接効力を及ぼすことは否定しています。そして、私的支配関係においてその程度が社会的許容限度を超える場合には民法の一般条項による憲法適用はできるとしました。

参照:三菱樹脂事件判決をわかりやすく解説-私人間効力の間接適用説

昭和女子大事件:最大判昭49年7月19日

三菱樹脂事件は私企業の場合でしたがこちらは私大です。

学生2名が当該大学の学生規則「生活要録」に違反する行為である、無届で政治的暴力行為防止法案に対する反対署名運動を行い、外部政治団体に加入申請しました。大学側はこれを制止しましたが2人はこれに反発し対決姿勢。結果、2人は退学処分となり身分確認の訴えを提起。

私大における学生の政治活動規制の是非が争点となっています。

憲法第19条の思想・信条の自由や第21条の表現の自由、第23条の学問の自由等の自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であって、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互間の関係について当然に適用又は類推適用されるものでない。

そして、私立大学の中でも、学生の勉学専念を特に重視し、あるいは比較的保守的な校風を有する大学が、その教育方針に照らして学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から、学生の政治的活動につき、広範な規律を及ぼすとしても、社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない。

一段目は三菱樹脂事件判旨でもほぼ同じことを言っており、私人間に憲法規定を当然に及ぼすものではない、つまり直接適用否定です。「類推適用」とは流れからわかりづらいですが、こういうことです。

  • 本来:公権力対私人
  • 類推適用:私人対私人

という意味合いです。私人対私人という図式を公権力対私人と類推適用するということを言っています。類推して適用もダメですよということ、ですね。

その上で、2段目は、私大であるからして独自の校風でも問題なし、学生の政治活動規制も不合理ではないということです。

以上、私人間効力についてまとめてみました。このページのテーマとして掲げている通り、私人間効力は私人間に憲法規定はどのように効力を及ぼしていくのかという点がポイントです。判例を見てみると、「私的自治の原則」により直接適用は厳しいようですね。

直接適用説と間接適用説の2つの説、三菱樹脂事件判決以来、一貫して直接適用説否定、間接適用説採用です。ここはは判例解釈がすべてですので、この2つの説がどう規範されてどう扱われているのかを注力すると良いと思います。