習得重要度B在監者が、特定の新聞記事の閲覧を制限され、その根拠が憲法違反か否か争われた事件。ここで出てくる裁量権の話は、いくつかの重要判例で出てくるので、イメージは持っておいて頂きたい。


この事件の元となっている「よど号ハイジャック事件」とは、当時、
日本を震撼させた事件だし、その後のハイジャック犯が犯した事件は世界中を震撼させました。私も聞いた話ですけど。

この事件について、もう知らない人が殆どだと思うので、
予備知識としてリンク貼っておきます。

日本赤軍(wiki)

よど号ハイジャック事件(wiki)

事案

昭和44年11月16日の佐藤首相訪米阻止闘争などに参加し逮捕され、凶器準備集合、公務執行妨害罪で起訴され、東京拘置所に拘留、収容されている上告人らは、同拘置所内で読売新聞を私費で購読していました。

同拘置所所長は、昭和45年3月31日付夕刊から4月2日付朝刊までの4紙に掲載された、赤軍派学生による日航機「よど号」ハイジャック事件に関する記事は、
監獄法令の「犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたもの」に該当するとして、同記事を墨で塗りつぶして上告人らに配布しました。

そこで上告人らは、記事抹消の根拠となった監獄法令(後述)は憲法19条・21条に違反するとして同処分は違法であると主張、国に対して国家賠償請求訴訟を提起しました。

第一審は、同監獄法令について合憲とし、さらに同処分については同拘置所所長の裁量濫用はないと上告人らの請求を棄却しました。そして、第二審も第一審を支持。

判旨要約・解説

拘禁されるものは、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、
監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、
右目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきものである。

右制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず
・・・その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要・・・
かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきもの・・・

監獄法31条2項は、在監者に対する文書、図画の閲読の自由を制限することができる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任し、
これに基づき監獄法施行規則86条1項はその制限の要件を定め・・・右法令とは憲法に違反するものではない。

本来、在監者が受ける人権制限は、身体的自由の制限であるはずのものが、
当該上告人が受けた定期購読新聞の特定個所が抹消された事実は、
憲法21条で保障されている「知る権利」を侵害されたということで問題になった、実に興味深い事件でした。

そして、この処分の根拠となった監獄法令等の合憲性が争われたわけです。

判旨では、
拘禁者を「原則として一般市民としての自由を保障されるべき者」としながら、
「監獄内の規律及び秩序の維持」のために表現の自由の制約を受けることがあるとしています。

つまり、在監者の新聞紙、図書等の閲読の自由を制限する当該監獄法令等は、
「監獄内の規律及び秩序の維持」という目的のために必要なことであり、
合理性を伴ったものであると最高裁判断したことになります。

そして、最高裁は「相当の蓋然性」という基準を持ち出してきました。
蓋然性とは、「確率」と似たような意味らしいのですが、「相当の蓋然性」となると、「それなりに(~が起こる)確率が高い」といった意味合いでしょうか・・・

この点、判旨をもう少し解り易く表せば、
「監獄内の規律・秩序の維持のために放置出来得るかどうかは、現場の判断に委ねる」という意味合いで差し支えないと思います。

つまり、監獄長の裁量権を広く認めた判旨ということですね。
行政法を学んだ方はおわかりだと思いますが、これは「行政裁量」というもので、
簡単に言えば、まさに「現場の判断に委ねる」ということです。

そして、
この裁量権というものは、結構広く認められており、そうは裁量権逸脱にはならないわけです。

つまり、現場の判断が、できるだけ尊重されるわけで、判例の流れも、憲法裁判に限らず、行政裁判でもそうなっているんですね。
この裁判でも、その辺が踏襲されているといえるでしょう。


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