習得重要度B前文が全面的に関わる、唯一の論点の問題提起。終わりの方にある裁判規範性の問題で、学説と判例では違う結論というのは、注意が必要。


この前文ですが、日本国憲法において、どういう性質のものかという議論があるんですね。

これを「前文の法的性質の問題」といいますが、つまり、前文は、各条文のように、法的な拘束力を持っているのか、前文は、国家権力を拘束しうるのか、という問題です。持っていれば、「前文は法規範性あり」といえますし、持ってなければ、「前文は法規範性なし」といえます。

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結論は、前文は法規範性ありとされています。

こちらでも少しだけ触れていますが、前文には、「これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する~」という箇所があり、これは憲法改正の限界を示していると解されています。

前文で、憲法改正権を拘束しているとされています。

前文の裁判規範性の問題とは

前文には、国家権力を法的に拘束する力があることは分かりました。お話をもう一歩進めていきましょう。前文の法的性質の問題で、裁判規範性の有無という問題もあるんです。

裁判規範性とは、一言で言えば、前文の文言をもって裁判に訴えることができるのかということです。もっと詳しく解説していきましょう。

21条には、「表現の自由」という規定がありますが、例えば、国を相手取って「表現の自由違反だ!」と裁判に訴えることはできます。表現の自由規定には、裁判規範性があるからです。

裁判規範性の問題 もう一例

この前文の裁判規範性の問題をもうひとつ例を挙げてもう少しお話しておきましょう。朝夕の通勤ラッシュ時に、特定の電車車両は女性限定とする法律が可決し、運用されたとしましょう。

法の制定趣旨は、一応理解はできるのですが、当然ながら、これは憲法違反を指摘する余地だってあるわけです。具体的に言えば、憲法14条「法の下の平等」です。(イメージ沸きますよね?)

ですから、制定趣旨は合憲でも、中身が適切でなければ「この法律は14条違反だ!」と訴えることも可能です。これが、「14条は裁判規範性がある」ということです。

前文の裁判規範性の問題とは、これと同じように、「前文違反だ!」と訴えることができるのかという問題なんですね。

平和的生存権

具体的に、前文の裁判規範性について問題となっているのは、「平和のうちに生存する権利」、平和的生存権という箇所を持って裁判で訴えることができるかという問題です。

前文には裁判規範性はないが・・・

通説は、前文には裁判規範性はなしと解されているんですね。やはり、前文は、抽象的かつ不明確であって具体性を欠く、前文を具体化したものが各規定であるといった理由です。ただし、法規範性があるからといっても、裁判規範性があるとは限らないことには注意が必要です。ちょっと難しいですが。

もっとも、この問題、判例と学説では意見が違います。「長沼事件」という事件の1審では、前文の裁判規範性を求めた判決を出しているんです。

試験との関係では、注意が必要な箇所です。