よど号ハイジャック記事抹消事件をわかりやすく解説-在監者の人権はどうなる?

今を生きる者にはあまりピンとこないと思いますが、その昔拘置所内での治安云々の憲法事件がありました。その事件は今でも重要判例に数えられますので、解説することにします。

「よど号ハイジャック記事抹消事件」といいます。事件の概要については下にリンク貼っていますので興味があればご確認いただければと思います。

よど号ハイジャック事件記事抹消事件の論点とは

このよど号ハイジャック記事抹消事件の論点は、在監者の人権制限の問題です。在監者とは、受刑者のほか、刑事被告人や被疑者等で拘置所等に拘禁中の者のこと。今はあまり使われない言葉ですが、このまま在監者で通すことにします。

で、その在監者の人権制限がどうして問題になるのかというと、在監者は合法的身体拘束を受けている状態であり一般国民とは立場が違うと言えます。公務員の人権制限の問題がありますが(猿払事件参照)、図式は同じ。何らかの理由で一般国民とは異なる国家権力との距離感が生じた者の人権の問題が発生するということです。

このよど号ハイジャック記事抹消事件とは、在監者が、特定の新聞記事の閲覧を制限され、その根拠が憲法違反か否か争われた事件です。一般国民がそんなことされたら完全に人権侵害になりますが果たして在監者は?

事案

昭和44年11月16日の佐藤首相訪米阻止闘争などに参加し逮捕され、凶器準備集合、公務執行妨害罪で起訴され、東京拘置所に拘留、収容されている上告人らは、同拘置所内で読売新聞を私費で購読していました。

同拘置所所長は、昭和45年3月31日付夕刊から4月2日付朝刊までの4紙に掲載された、赤軍派学生による日航機「よど号」ハイジャック事件に関する記事は、監獄法令の「犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたもの」に該当するとして、同記事を墨で塗りつぶして上告人らに配布しました。

この事件の元となっている「よど号ハイジャック事件」とは、当時、日本を震撼させた事件だし、その後のハイジャック犯が犯した事件は世界中を震撼させました。私も聞いた話ですけど。

この事件について、私も含めてもう知らない人が殆どだと思うので、予備知識としてリンク貼っておきます。

日本赤軍(wiki)

よど号ハイジャック事件(wiki)

そこで上告人らは、記事抹消の根拠となった監獄法令(後述)は憲法19条・21条に違反するとして同処分は違法であると主張、国に対して国家賠償請求訴訟を提起しました。

第一審は、同監獄法令について合憲とし、さらに同処分については同拘置所所長の裁量濫用はないと上告人らの請求を棄却しました。そして、第二審も第一審を支持。そして最高裁…

判旨要約・解説

昭和58年6月22日。最高裁で判決が出ました。その判旨要約。

拘禁されるものは、当該拘禁関係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障されるべき者であるから、監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、右目的を達するために真に必要と認められる限度にとどめられるべきものである。

右制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず・・・その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要・・・かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきもの・・・

監獄法31条2項は、在監者に対する文書、図画の閲読の自由を制限することができる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任し、これに基づき監獄法施行規則86条1項はその制限の要件を定め・・・右法令とは憲法に違反するものではない。

本来、在監者が受ける人権制限は、身体的自由の制限であるはずのものが、当該上告人が受けた定期購読新聞の特定個所が抹消された事実は、憲法21条で保障されている知る権利を侵害されたということで問題になった、実に興味深い事件でした。

そして、この処分の根拠となった監獄法令等の合憲性が争われたわけです。

解説①:在監者の人権制約について

1段目、拘禁者を「原則として一般市民としての自由を保障されるべき者」としながら、「監獄内の規律及び秩序の維持」のために表現の自由の制約を受けることがあるとし、在監者の人権制約の可能性を認めています。

そして、図書等の閲読の自由を制限する当該監獄法令等は、「監獄内の規律及び秩序の維持」という目的のために必要なことであり、合理性を伴ったものであると最高裁判断したことになります。

解説②:相当の蓋然性

そして、最高裁はその制約が認められる根拠として「相当の蓋然性(がいぜんせい)」という基準を持ち出してきました。蓋然性とは、「確率」と似たような意味らしいのですが、「相当の蓋然性」となると、「それなりに(~が起こる)確率が高い」といった意味合いでしょうか・・・

もっとも、相当の蓋然性かどうかは法定の明確な基準があるわけではなく、あくまで蓋然性、つまり現場判断ということになります。つまり、監獄長の裁量権を広く認めた判決ということですね。行政法でいう「行政裁量」というもので、簡単に言えば、まさに「現場の判断に委ねる」ということです。

そして、この裁量権、結構広く認められており、そうは裁量権逸脱になることはありません。現場の判断が、できるだけ尊重されるわけで、判例の流れも、憲法裁判に限らず、行政裁判でもそうなっています。

この裁判でも、その辺が踏襲されているといえるでしょう。

解説③:結論

合憲性を問われた監獄法31条2項と監獄法施行規則86条1項について、憲法違反と言えるものではないとしました。

まとめ

以上、よど号ハイジャック記事抹消事件の解説でした。この事件、ここ数年の行政書士試験にわりとまんまで出題されたりしています(令和2年度行政書士試験問題3)。

監獄内の規律室所維持が乱れる「相当の蓋然性」を規範出しつつも、結局は現場判断を広く認めるという、在監者の人権制約になりやすい判決ですね。

時代が時代ですし、令和の今の拘置所内の治安がどういったものかはわかりかねますが、現場裁量権は広く認めていることは覚えておくと良いと思います。