日本国憲法は一切合切国民の人権を侵害してはいけないとは言っていません。場合によってはやむを得ないという許容は持っています。
わかりやすい場面で言えば、犯罪を犯した者を刑罰に処す場面です。形式だけで見れば、あれは国家による人権侵害なわけですが、それが許されるわけですね。なぜか?そういう法律があるからです。
このページでは、犯罪を犯した者の処罰が許される根拠についてお話したいと思います。
罪刑法定主義とは
「刑法」という法律は皆さんご存知でしょうか。先ほど言いました、犯罪を犯したら処罰される法律と言えばまずは刑法です。傷害罪や強盗罪、殺人罪も刑法規定ですから。
この刑法には「罪刑法定主義(ざいけいほうていしゅぎ)」という基本原則があります。罪刑法定主義とは、人を犯罪者として処罰するには、民主主義の過程で制定された法律によって、予め罪(構成要件)と罰を明確にしておかなければならないという原則です。
「法律なければ犯罪なし」
これは欧州人権条約の一文ですが、聞いたことありませんか?
「法律なければ犯罪なし」
「法律なければ刑罰なし」
まさに、罪刑法定主義を表したものです。刑法は法律ですから、民主主義機関である議会にて制定されます。そして、刑法はもちろん公表されており、誰でも知り得るのです。
つまり、どんなことをしたらどのくらいの罪になるのかは誰でも知ることができますし、法律に定められていなければ犯罪にはなりません。当然刑罰もなし。これが罪刑法定主義です。罪(犯罪)と罰(刑罰)は法定されていなければなりません。
「法に触れなければ何しても良い」というイデオムがあります。もちろん何しても良いということはなく、モラルだったり、道義的・社会的には問われて然るべきです。が、法に抵触しなければ法による罪は問われないし罪に問われなければ法で裁かれることもない。これは罪刑法定主義です。
罪刑法定主義は憲法31条の要請
なぜ憲法のサイトに刑法の基本原則である罪刑法定主義が出てくるのでしょうか。罪刑法定主義は憲法31条の要請だと言われています。
【憲法31条 適正手続の保障】
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を 奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
この31条の条文だけ読んでも罪刑法定主義は見出しづらいと思います。手続法の法定・適正の要請ですから刑事訴訟法についていっているようですが、そもそも実定法(この場合は刑法)が法定・適正でなければなりません。
ですから、解釈によって実定法である刑法の法定・適正、すなわち罪刑法定主義のこと言っていると解されています。
刑法条文から罪刑法定主義を読み解く
刑法は、罪刑法定主義の具体化です。一つ条文を見てどのように罪刑法定主義が表現されているか見てみましょう。刑法236条1項の強盗罪の条文です。
暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、
5年以上の有期懲役に処する。
この条文のうち、「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した~」の部分は、罪刑法定主義の「罪」の部分です。オレンジの部分です。これを刑法ではこれを「構成要件」と言います。236条1項強盗罪を構成する要件ですね。
そして、「5年以上の有期懲役に処する」が罪刑法定主義の「刑」、刑罰の部分です。緑の部分です。
刑法第236条1項という条文化されているということは、法定、法にて定められているということです。
罪刑法定主義に反してはならない
仮に、「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した~」という構成要件の部分が該当しない場合はどうでしょう。例えば「暴行又は脅迫を用いて」が話巧みに騙してだった場合、これは強盗罪の構成要件に該当しないため、強盗罪は認められません。だって、そういう風に法定はされていません。
法定化されていない罪を問うことは許されませんし、法定化されている以上の重い刑罰を科すこともできません。これは罪刑法定主義に反するからです。
罪刑法定主義の機能
罪刑法定主義のような原則どのように機能するのでしょうか。次の2点を挙げておきたいと思います。
- 予測可能性の担保
- 秩序維持機能
予測可能性の担保
刑法にて予め定められていれば、「これをしなければ罪に問われることはないんだ」という予測可能性が担保できます。ここまでしなければあとは大丈夫という、国民の行動の自由を保障することができます。
秩序維持機能
世の秩序を維持する機能も備わっています。「こんな事したらこんな罪を課せられるんだヘタなことはできないね」というように、罪刑を掲示しておけば、「ヘンな行動は慎む」ことにつながり、秩序を保つことに寄与できます。
罪刑法定主義の派生原則
「法律なければ犯罪なし」「法律なければ刑罰なし」これが罪刑法定主義を表したものであると言いました。その罪刑法定主義に派生した人身保障原則が生まれています。それは以下の4つ。
- 慣習刑法の排除
- 遡及処罰の禁止
- 絶対的不定期刑の禁止
- 類推解釈の禁止
ひとつづつ解説します。
慣習刑法の排除
慣習とは昔から言い伝えられているような習わしとでも言いましょうか。慣習刑法とは慣習による処罰ということですが、言い伝えですので法定されていない刑罰は排除される原則ということです。
例えば、どこかの地方の一村で、夜這いしたら火あぶりの刑に処されるという慣習があったとします(あくまで一例です念のため)。これはその村で古からの言い伝えにすぎず、あらゆるレベルでも法定されていないものですので、当然そんなものは認められないよね、ということです。
遡及処罰の禁止
「遡及(そきゅう)」とは遡ることです。行為時に適法であった行為が事後違法と法定されたとしても処罰されることはないという原則です。これ、実は憲法39条前段に規定されているものです。ですから、罪刑法定主義は31条の他に39条にも及ぶとする意見があります。
憲法39条
何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
絶対的不定期刑の禁止
不定期刑とは刑期を定めていないものを言いますが、絶対的不定期刑とは刑期をまったく定めない刑のことを言います。
刑法の条文を読めばわかりますが、刑罰には構成要件と罰の種類と刑期が定められています。「〇〇したら×年以上の懲役に処す」みたいな感じです。この紫の部分がないのが絶対的不定期刑ということですね。
ちなみに、刑期に一定の幅を待たせているが不明確なものを「相対的不定期刑」と言いますが、これは許されています。
類推解釈の禁止
類推解釈の禁止とは、直接適用できる法令がない場合に、似たような事例に適用できる法令を解釈によって適用することを禁止する原則です。例えば、動物を傷つけたらといって、人間を傷つけた場合に適用する傷害罪にしてしまうとか。「生き物」で括ってしまってますが、これは類推解釈になり得ます。
拡張解釈は許される
ただし、拡張解釈は許されます。実際にあった判例ですが、「電気は財物かどうか」という論点。電気を財物とすれば他人の電力を無断で使えば窃盗罪になり得ますし、財物でなければ窃盗罪には問われません。
まさに「財物」の範囲の拡張が問題になるわけです。ちなみに、この時は電気は財物とされました。
まとめ
罪刑法定主義、いかがでしたでしょうか。本来的には、刑法での話になるので憲法では簡単に触れる程度が適切なのですが、割と広くお話してしまいました。
言いたいことは、刑法は人身拘束など人権侵害が伴う法律なので、憲法との関わり合いを意識してほしいということです。