前回の続き。

ちょっと乱暴な話をします。ここで想像してみてください。

私たちが総選挙で選出した国会議員(国家側の人間)が好き放題して国民にとってとんでもない法律を制定してしまったとします。

例えば、「20歳未満が夜一人で出歩いたら終身刑」とか、
「公務員に楯ついたら理由の如何を問わず死刑」とか。
無茶苦茶ですよね?こんなの。

国家の本音を言えば、国民をとにかく法律で縛ってしまえば秩序は乱れませんし、
それは楽なのかもしれません。

また、国家側が自分達の利権などを守るために国民に不当な制限をしてしまうことだって絶対にないとは言えないですよね(議員なんて誰を選んでも同じなんて思っているあなた、それは想像力の欠如ですよ)。

上で述べている通り、国民の権利・自由を制限する法律の制定には、正当かつ合理的理由がなければなりません。政治家や官僚、特定の企業・団体・業界、あるいは、外国人や外国のために日本国民が不当な規制を受けるのは、決して正当かつ合理的な国家権力行使とは言えないはずです。

国家の横暴によって、あるいは、国民の目を盗んで不当に権利・自由を奪われることだって十分にあり得ることなのです。

憲法は、国家権力を制限する役割がある

このような国家権力を制限するために存在するのが「憲法」であるとされているんですね。

すなわち、法律と憲法は全く性格を異にする法規です。
憲法とは、国民の権利・自由を守るために国家権力を制限するための法規です。

憲法と法律、国民の関係図

イメージは上の図の通りです。
国家権力が国民に対して、法律によって国民の権利・自由を制限します。

そして、その国家権力の行使が暴走・横暴にならないように憲法によって国家権力行使を制限します。これは勘違いしがちのことですが、本来的意味で言えば、憲法とはわれわれ国民に向けられた規範ではありません。国家権力に向けられた規範です。

実際に、
日本国憲法99条に置かれている「憲法尊重擁護義務」という規定がありますが、
この規定の主語には国民の名はありません。

その憲法の制定権は、国民にある

法律によってわれわれ国民に対して「これを守りなさい」と命令する国家は、
憲法によって「これを守りなさい」と命令されているのです。

そして、
その憲法を制定する権力はわれわれ国民が握っているわけで、
これが国民主権という概念になります。

もちろん、憲法で国民に向けた規定を掲げるのも間違いではないでしょう。
実際、日本国憲法にも国民の義務規定は3つありますし、もっとあっても良いと思います。

ただ言いたいのは、近代憲法とは、こういった本来の意味を持っているのです。

このように、法律と憲法は何かを制限するという目的は同じなのですが、
その対象はまったく違い、性質は180度違うものなのです。