猿払事件をわかりやすく解説-合理的関連性の基準(猿払基準)とは

憲法でいくつか有名かつ重要な判例があります。マクリーン事件はその筆頭ですし、八幡製鉄事件もそうでしょう。猿払事件もここに含めていい事件だと思います。猿払とは北海道にある小さな村なのですが、なぜそんな村で起きた事件が憲法学上重要な事件なのでしょうか。

これから解説したいと思います。

猿払事件の論点とは

猿払事件の論点は、公務員の政治活動の是非です。日本国民であれば政治活動など保障されて然るべきものですが、問題は公務員という、いわば一般国民とは異なる特別な立場にいる者だから。

公務員とて日本国民ですが、一般人とは公権力との関わり合いが異なる、いわば、公権力側の人間です。そんな公務員に一般国民と同等の政治活動の自由を保障しても問題はないのかという問題意識があるのです。

こういう、公権力と特別の法律関係に立つ者の人権保障問題を特別の法律関係と呼びます。この手の問題は、この公務員の他に在監者(刑事施設被収容者)が問題になります。

あと、争点ではありませんが、違憲合憲判断をする違憲審査基準の適用について問題になった事件でもありますので、この点も意識してお進みください。

事案

被告人は、北海道猿払村にある郵便局に勤務する郵便事務官で、同地区の労働組合協議会事務局長をしており、昭和42年の衆議院選挙の際日本社会党を支持する目的を持って、同党公認候補者の選挙用ポスター6枚を勤務時間外に公営掲示場に掲示し、そのポスター184枚を他者に依頼し配布しました。

この行為が、国家公務員法102条及び人事院規則14-7 6項13号に違反するとして、国家公務員法110条1項19号に基づいて稚内簡易裁判所より罰金5千円の略式命令を受け、正式裁判を請求しました。

国家公務員法102条1項【政治的行為の制限】

職員は、政治又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らかの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。

人事院規則14-7 6項13号

政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し又は編集すること。

争点と第一審・第二審

この事件の主な争点は、公務員の政治活動の禁止を規定している上記法の合憲性です。政治活動は憲法21条の表現の自由の範疇ですので、そこを制限する法律(規則)は違憲合憲どっちなのという裁判です。31条は法律適用の点で違憲ではないかということです。

第21条【集会・結社・表現の自由、通信の秘密】
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

31条【法定の手続の保障】
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第一審では、

「非管理職である現業公務員で、その職務内容が機械的労務の提供に止まる者が、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、
若しくはその公正を害する意図なしに行った人事院規則14-7 6項13号の行為で且つ労働組合活動の一環として行われたと認められる所為に刑事罰を加えることをその適用の範囲内に予定して
いる国家公務員法110条1項19号は、このような行為に適用される限度において、行為に対する制裁としては、合理的にして必要最小限度の域を超えたものと断ぜざるを得ない」

とし、当該法律は憲法21条、31条に違反するとして無罪としました。

控訴審の札幌高裁も第一審を支持し、検察側が上告。

判旨要約・解説

昭和49年11月6日上告審。以下判旨要約です。

行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益に他ならない・・・公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところである。

行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するための措置の目的は正当(①)で・・・公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは禁止目的との間に合理的な関連性(②)がある・・・政治的行為の禁止により得られ利益と失われる利益の均衡(③)・・・

国公法102条1項及び規則5項3号、6項3号は、合理的で必要やむを得ない限度を超えるものと認められず、憲法21条に違反するものではない。

上告審では第一審・控訴審をひっくり返し、一転有罪。被告人は罰金刑が確定しました。

判旨①解説:公務員の政治活動が制限される根拠

一段目は公務員の政治活動が制限される根拠です。キーワードは政治的中立性

公務員が政治的中立性を保つことは国民全体の重要な利益であるとし、その政治的中立性を損なうおそれのある政治的行為を禁止する場合は、合理的かつ必要最小限にとどめる限りでればそれは憲法の許容するところであると判旨しました。

公務員の政治活動の是非

21条があるので政治的活動の自由は保障されるが、公務員は「政治的中立性」を保つ必要があるので、その制限が合理的かつ必要最小限の範囲であればその制限は許される。

その「制限」は法律になりますが、その法律がによる制限が合理的かつ必要最小限のものであれば合憲ですその範疇を超えるものでは法令違憲であるということですね。

次に繋がります。

判旨②解説:猿払事件の規範

二段目はその規制の合憲判断基準の規範についてです。この裁判で、当該法律の合憲性判断のために「合理的関連性の基準」という違憲審査基準の3要件を掲げました。その要件とは、

  1. 措置(規制)の目的の正当性
  2. 禁止目的との間の合理的関連性
  3. 政治的行為禁止により得られる利益と失われる利益との均衡

これが「合理的関連性の基準」(「猿払基準」とも言われているらしい)と呼ばれる違憲審査基準です。

違憲審査基準への批判

違憲審査基準が「合理的関連性の基準」という緩めの、当該法律が合憲になりやすい審査基準が適用されました。つまり、公務員の政治活動の自由がより制約されやすい違憲審査基準です。

公務員の政治活動に対する制約は必要最小限であることが必要で、審査基準は厳格な「より制限的でない他の選びうる手段(LRAの基準)」を使うべきであるとの主張がなります。LRAの基準を用いていれば、きっと違憲判決が出ていたでしょう。実際、第一審ではLRAの基準を適用していると思われ、最高裁でこれがひっくり返ったんですよね。なんでだろ?w

余談

この時期には公務員の労働基本権についての判決を出していますが、公務員の人権について制約が強くなっている判決が出ています。

公務員の政治活動には厳しく対処していかなければならないという姿勢は非常に共感できますが「非管理職である現業公務員で、その職務内容が機械的労務の提供に止まる者が、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用し、若しくはその公正を害する意図なし」だったわけですからね。余談終わり。

判旨②解説:結果

と、結局は当該法は合憲、被告人は有罪となりました。

まとめ

以上、有名な判例である猿払事件の解説でした。

違憲審査基準のLRA云々はあくまでプラスアルファ知識で、予備試験ぐらいでないとあまり必要ではないと思います。

公務員の政治活動が制限される根拠、違憲審査基準「合理的関連性」3要件は頭に入れておくと良いと思います。初見の判例で似たような判例が出題されたときに、その知識が大きな拠り所になりますので!