私人間効力においてもっとも重要な判例がこの三菱樹脂事件です。というか、憲法の中でも、トップクラスの有名な事件。
その三菱樹脂事件をわかりやく解説させていただこうと思います。
三菱樹脂事件の論点とは
三菱樹脂事件の論点はどこにあるのでしょうか。この事件は、私人間に憲法規定はどこまで及ぼすことができるのかという点が論点になります。
私人間とは私人公人の私人のことですが、憲法において私人間効力(しじんかんこうりょく)という問題があります。詳しくはリンク先参照いただきたいのですが、要は、私人間の争いに憲法規定の効力を及ぼし方の問題です。
憲法問題とは公権力と国民の人権侵害問題という図式が本来的ですが、国民と国民の人権侵害問題はどうなのか、どこまで効力を及ぼせるのか。
この事件は、直接及ぼせとの原告側主張ですが、それがどうなのかという話です。
事件の概要
昭和38年3月に東北大学法学部を卒業した原告は、三菱樹脂株式会社に3ヶ月の試用期間ということで入社しました。
しかし、入社試験の際の身上書及び面接において、学生運動等の参加活動を秘匿する虚偽の申告をしていたことが判明、会社側は試用期間終了直前に本採用を拒否しました。
これで原告は労働契約存在確認の訴えを提起、第一審では原告側の請求を大筋で認めました。原告・被告双方が控訴し、
- 憲法19条の保障する思想・良心の自由は私人間であっても一方が他方に優越する地位になる場合には、みだりに侵されてはならず
- 新聞社や学校等と異なり、通常の商事会社では、労働者の思想、信条が事業遂行に支障をきたすとは考えられないため、
- 採用試験に際して政治的思想、信条に関係する事項の申告を求めるのは公序良俗に反する
とし、原告側(控訴人)の全面勝訴となりました。
これを不服とした会社側は、憲法14条、19条は、私人間の関係を直接規律するものではないことなどを理由に上告。
裁判の争点
憲法14条、19条と私人相互間の関係。
第14条【法の下の平等、貴族の禁止、栄典】
1 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受けるものの一代に限り、その効力を有する。
第19条【思想及び良心の自由】
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
特定の思想、信条を有することを理由とする雇入れの拒否は許されるか。
判旨要約・解説
上告審。最高裁昭和44年12月12日。便宜上、箇条書きに分けてみました。ちょっと長いですが。
憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない・・・
私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。
私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。
企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。
上告審は、まさに私人間効力が争点になっているわけです。本判決は、基本的人権の私人間効力の問題について、
間接適用説を打ち出したものです。
判旨①:直接適用説否定
まず、私人間にも憲法規定を直接効力を及ぼせるのかについて。
本来的に、憲法規定は公権力と国民の問題に適用するものという伝統的な規範があるだけに、私人間には直接的に及ぼせるものではないと、直接適用を否定しました。
判旨②:国家同視説否定
アメリカの判例である「国家同視説」に言及。この説に関しては、あまり気にする必要はないと思いますが、要は、幻想私人間では憲法規定効力は及ばないが、対企業のように一方が他方に服従せざるを得ない場合には適用させていくというもの。
結局この説も否定しているわけですが、控訴審判決がこの説を採用していたので、高裁判決を否定する形ですね。
判旨③:間接適用説採用
そして間接適用説を持ち出し、当判決が間接適用説を採用していることが伺えます。間接的諭説とは、民法一般条項を通して憲法理念を及ぼしていくというもの。
間接適用説については「私人間効力をわかりやすく解説-私人間に憲法効力は及ぼせられる?」にて解説していますが、「私的自治の原則」を尊重すべきものということなのでしょう。
判旨④:結論
最後に、民間企業がどのような理由で採用の可否を決めているとしても、それが当然に違法になるというとはないとしています。そこは企業の思想良心の自由があるということですね。
というわけで、被告は、学生時代の政治運動を隠していた理由により、3ヶ月の試用期間のみで退職となりました。
まとめ
本判決は、間接適用説を採用しているわけですが、間接的ではあるにせよ、私人間では積極的な憲法介入を避けている、というか、私的自治の原則、契約自由の原則を重視していると思われます。
また、判旨④で、思想・良心の自由に関する記述が出てきます。思想・良心の自由は対国家に対しては絶対的保障ですが、私人間においては相対的保障になってしまいます。いうまでもなくお互いの人権が衝突するのでそれゆえの制限です。