習得重要度B正直、統治行為論の判例と見ると、ちょっとわかりづらい事件だが、日米安全保障条約についてのスタンスは明快(こちらはここの趣旨とは離れるが)。統治行為論については、苫米地事件と対比するとよい。


事案

昭和32年7月、東京都砂川町(現立川市)の駐留米軍使用の立川飛行場の拡張の測量に反対するデモ隊が基地内に侵入。これが刑事特別法2条(米軍が使用する施設または区域を侵す罪)に問われ起訴されました。

第1審では、駐留米軍と9条の関係について問題になりました。

駐留米軍は、9条2項違反であり違憲であるとし、違憲である駐留米軍の法益保護を担う刑事特別法が、軽犯罪法より重いのは憲法31条に違反し無効であるとしました。

これに対し、検察官は最高裁へ跳躍上告。

判旨

本件安全保障条約は~主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。

それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的判断に委ねらるべきものであると解するを相当とする。

右駐留軍隊は外国軍隊であつて、わが国自体の戦力でないことはもちろん、これに対する指揮権、管理権は、すべてアメリカ合衆国に存し、わが国がその主体となつてあだかも自国の軍隊に対すると同様の指揮権、管理権を有するものでないことが明らか~

この軍隊は~同条約の前文に示された趣旨において駐留するものであり~極東における国際の平和と安全の維持に寄与し~その目的は、専らわが国およびわが国を含めた極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起らないようにすることに存し、わが国がその駐留を許容したのは、わが国の防衛力の不足を、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補なおうとしたものに外ならない~

かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効があることが一見極めて明白であるとは、到底認められない

当裁判における憲法学的役割は、1段落目、2段落目でほぼ終了しているのかな、と。

日米安全保障条約に関する国家行為は、「高度の政治性を有するもの」とし、統治行為論を適用すべきものとしていますが、そのすぐあと、「高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす」など、自由裁量行為による司法権の限界も示唆しています。

そして、2段落目では、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」としています。これは、もう、自由裁量行為の規範ですね。

というわけで、本件を司法審査の及ばないものとしているのですが、その理由が、統治行為論だか自由裁量行為だかわからないというか、足して2で割ったものというか。

この先は、当てはめです。
当然米軍の指揮権は日本側にあるわけでなく、米側になるもの。日本政府が好きに動かすことはできません。米軍が駐留しているのはわが国の防衛力を補うものであって、それは前文、9条の趣旨に適合するものとしています。

そして、それは、「一見極めて明白であるとは、到底認められない」としています。自由裁量行為の見地からすれば、裁量範囲内ということですね。

余談-3段落目以降

せっかくなんで、3段落目以降もコメントしておきましょう。
これは私的な解説になります。

3段落目以降、読んで頂ければお分かりになると思いますが、軍事同盟国であるアメリカとの集団的自衛権についての裁判所の見解になります。

当事件で統治行為論を持ち出したのも、安全保障の問題は、「違憲無効があることが一見極めて明白」でなければ、憲法の問題として語るべきではないという価値判断からだと考えます。
裁判所は、集団的自衛権について、合憲違憲の判断はすべきではない、と。

判旨では、明らかに集団的自衛権を肯定的に捉えています。
だから、行政の裁量県の範囲内だとしているのですね。

でも、合憲違憲の判断は避けた。
理由は前述のとおりです。
安全保障の問題は、よほどのことがない限りは、憲法判断に巻き込むべきではないということなのでしょう。