習得重要度A「司法」の章でも重要な判例で、司法権の論点では最も取り上げられる裁判である。のちに出てくる「部分社会の法理」とよく似ているが、別の概念であることに注意。


事案

元創価学会の会員(17名)が、1965年10月、御本尊「板まんだら」を
安置する正本堂建立のために計540万円を学会に寄付しました。これは、
募集によるもので募金です。

しかし、この元会員らは、のちに「板まんだら」は偽物であり、
寄付行為は、その目的の重要な要素に錯誤があったとして、
寄付行為の錯誤無効(民法95条)及び不当利得の返還請求(民法703条)
を主張し提訴。

第1審では、要素の錯誤の部分は、信仰の対象の価値・宗教上教義に
関するものであり、「法律上の争訟」には当たらないとし、被告側の
主張を認めました。

原告側は、控訴し、控訴審では、一転、不当利得返還請求の話であると
1審判決を取消して差し戻し。学会側が、同様の主張をして、上告です。

争点の確認

この事件、ちょっとわかりづらい部分があると思われますので、
争点を確認しておきます。

原告側の主張は、募金は、錯誤によるもので、民法95条の錯誤無効を
主張、無効だから、募金したお金を返してくれと訴えています。

錯誤無効が認められるには、「要素の錯誤」が要件になり、
募金の目的である重要な要素に錯誤がなければ認められません。

それが「板まんだら」なる御本尊の価値ということになります。
つまり、大雑把にいえば、「板まんだら」の価値の是非について
争うということになります。

判旨

裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」、すなわち
当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる。したがつて、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であつても、法令の適用により解決するのに適しないものは裁判所の審判の対象となりえない、というべきである。

要素の錯誤があつたか否かについての判断に際しては、~信仰の対象についての宗教上の価値に関する判断が、また、~宗教上の教義に関する判断が、それぞれ必要であり、いずれもことがらの性質上、法令を適用することによつては解決することのできない問題である

本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、

また、記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となつていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。

解説

1段落目、「法律上の争訟」を改めて定義づけています。これは、
イコール司法権の定義ということですが(こちらのページで詳しく
解説しています)、そのあとは、この要件を満たさなければ、
司法権は及ばないとしています(こちらで詳しくあります)。

規範を述べた後、本事件のあてはめに入っていきます。2段落目です。
本件は、原告に要素の錯誤があったかどうかですが、其の要素の部分
は、「信仰の対象についての宗教上の価値に関する判断」、「宗教上
の教義に関する判断」であり、その部分は、法令を適用して解決する
ことのできないもの、つまり、裁判では解決できないものとしています。

本件は、不当利得の返還請求ですから、一応、法律的権利義務の話で
す。「法律上の争訟」にあたりそうですが、その判断の核心的部分が
宗教の教義のことだし(3段落目)、

これまでの当事者間の経過を見ても、終局的解決は見込めないとして、
「法律上の争訟」に当たらないとしました(4段落目)。ここは、
「法律上の争訟」の定義の後段になります。

司法権に関する判例は、当事件と「警察予備隊違憲訴訟」が重要です。
いずれもパターンは違いますが、どういう理由で「法律上の争訟」
ではないと認定されているのか、しっかり確認しておくと良いと思います。

特に、この「板まんだら」事件は、初学者の方だと事件が見えづらい
部分もありますから、その辺も踏まえて。

あと、これらは「司法権の限界」の問題とは似ていますが、違いますから。
ちゃんと区別はできるようにしておいてください。